「これはまた、見事な・・・」 ユーレイルの王宮---緑あふれる庭園に、低く落ち着いた男の声がした。 顔を上げると、来客がフォルナ姫に付き添われこちらに向かってきているのが見える。 ザムハンの地を治め、無敗の王と呼ばれるヤール王その人であった。 その背後には宰相のマウア様が、そしてその奥には姉・リンの姿があった。 国同士の話し合いがあるとは聞いていたがこの場に来るのは想定外だった。 「花の手入れ、いつもありがとう。綺麗なバラが咲きましたね。」 水差しを持ち直し姿勢を正すと、姫様は緊張をほぐすように言葉をかけてくれる。 ここは彼女にとって大切な場所だ。 だから、あの男にも見せたいのだろう。 その美しい瞳が、いつもより輝きを増しているように見えた。 「議論もまとまりましたし、ここからはどうぞおくつろぎください。」 マウア様が促すと二人は庭園を散策し、静かに花々を愛でていく。 やがて紅茶の香りが辺りに漂い始め、やわらかな日差しに包まれていく。 なんて穏やかな光景だろうか。 「このように広い庭園だと管理も大変なのでは。」 「・・・いいえ。とても腕のいい者がいてくれますから。」 王の問いかけに、姫は小さく首を振る。 ”心から信頼している”、とも付け加えて。 はてそんな庭師がいただろうかと疑問がよぎったが、それが自分を指していることに理解が追いついた。 何せ、この場を任されているのは自分1人だけなのだから。 思わず彼女を見やると、あの瞳が自分を捉えていた。 いや、まさか彼女が自分をそんな風に思っていてくれたとは--- どう言っていいか分からずにいると、答え合わせをするかのように目が細められる。 それはまるで花のような微笑みだった。 「そうでしょう、---。」 薔薇はそこで目を覚ました。 とても大切な人に名前を呼ばれた気がした。 あれは現実だったのだろうか、それとも幻想だったのだろうか。 その大きな花弁を揺らしても、答える者は誰もいない。 あの深く澄んだ眼差しも、今や遥か遠い記憶の中だ。 それでもなお色褪せることなく、この心に焼き付いている。 「ああ、我が姫・・・」 やがて薔薇は再びの眠りにつく。 この淀んだ世界に、清き風が吹くその日まで。 |